伝授会二日目。
今日は法螺と御幣。
御幣のことは、最初の師僧にかなり学びました。
神明を依代に降ろすには、御幣が大事。
どんな御幣にも神明が降りて来るというわけではありません。
切り方は勿論の事、切るための道具。
心得。
呼吸。
様々な口伝があります。
きちんと切った御幣には、神明はすんなりと降りて来ますが、そうでない御幣には、いくら神降しをして降りて来ない。
神明にも選ぶ権利があります。
居心地の悪い処には降りて来ません。
今思うと御幣について習う機会は少なく思います。
御幣を切っている場面には、よく出会いますが、当たり前のようにハサミで切っていたりと、本物の御幣を見かけることはありません。
「法要の荘厳」
という意味では、神明を降ろす訳でなければそれでも構いません。
御幣を本尊として祈るのであれば、それでは意味はありません。
実際に作り、自身で神降しをすることが行者には必須。
この経験がきちんとした御幣を作る糧となります。
また、御幣は古来行者の秘伝。
中々授かりたくても授かることが出来ません。
本日は、奥深い口伝を惜しみなく伝授いただきました大阿さまに感謝です。
合掌
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インスタ http://instagram.com/renryuin/
今日は法螺と御幣。
御幣のことは、最初の師僧にかなり学びました。
神明を依代に降ろすには、御幣が大事。
どんな御幣にも神明が降りて来るというわけではありません。
切り方は勿論の事、切るための道具。
心得。
呼吸。
様々な口伝があります。
きちんと切った御幣には、神明はすんなりと降りて来ますが、そうでない御幣には、いくら神降しをして降りて来ない。
神明にも選ぶ権利があります。
居心地の悪い処には降りて来ません。
今思うと御幣について習う機会は少なく思います。
御幣を切っている場面には、よく出会いますが、当たり前のようにハサミで切っていたりと、本物の御幣を見かけることはありません。
「法要の荘厳」
という意味では、神明を降ろす訳でなければそれでも構いません。
御幣を本尊として祈るのであれば、それでは意味はありません。
実際に作り、自身で神降しをすることが行者には必須。
この経験がきちんとした御幣を作る糧となります。
また、御幣は古来行者の秘伝。
中々授かりたくても授かることが出来ません。
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