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桶狭間辯才天 蓮龍院

Author:桶狭間辯才天 蓮龍院
真言宗僧侶(阿闍梨)
自房(お寺)の活動、行者の気侭な日記、密教の修法についてなどブログに載せていきます。

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阿闍梨の覚悟

先日、灌頂出仕の際、灌頂(中間)護摩を焚かせていただきました。


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灌頂護摩は本来、入壇者が良き得佛ができなかった時、その業を祓う際、師匠が焚くものと学んでおります。

本来の傳法灌頂は、師匠と一対一です。

今時のように、一度に多くの者を入壇させるものではありません。

しかし、真言宗で僧侶となるには、まず、加行を成満し、両部の曼荼羅に入壇、そして阿闍梨になる事が必要不可欠です。

お寺の後継を作る流れ作業のようになってしまっている今、阿闍梨に何の価値もありません。

阿闍梨となって、資格を取ってお終いなのか❓

始まりとして、ここからスタートするのか❓

傳法灌頂を終え、その後の時間で同じ阿闍梨でも天と地以上にその差は生じます。

また、何のために阿闍梨になるのか❓

お寺の後を継ぐためだけなのか、葬儀をするためだけなのか、その本質を見抜いて阿闍梨は弟子を育てなければいけません。

お大師さまは何故、密教をこの国に伝えたのか。

それは鎮護国家のためです。

国の平和のために祈れない僧は、密教に必要ありません。

国が平和であればの万民快楽です。

灌頂に携われば携わる程、この事が身に沁みます。

自分自身が密教僧として自覚し、新年を迎える心の準備をしたいと思う今日この頃です。

合掌


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