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桶狭間辯才天 蓮龍院

Author:桶狭間辯才天 蓮龍院
真言宗僧侶(阿闍梨)
自房(お寺)の活動、行者の気侭な日記、密教の修法についてなどブログに載せていきます。

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「思い」 と 「想い」

今日は大師僧の十三回忌の法要に奈良へ。

大師僧とは、師僧の師僧です。

僧侶にとって師僧は  「親」  です。

そうなると大師僧は祖父になります。

俗世界も同じですが、出世間ではより恩師を大切にし崇めます。

他国では、師僧が遷化した後、尊像を建立して崇めると以前、聞いたことがあります。

※遷化とは、教化の場所を他に移すこと、俗世間の表現で言うと、僧侶が亡くなることです。

日本ではあまりこういった光景は見かけません。

中興で活躍したなど大きな功績を成し遂げた僧は尊像とし崇めますが、自身の師の尊像を建立する習慣はありません。

尊牌を建立し、報恩謝徳のため法を修するのは 「恩」 を受けた師僧、またそれを繋いでくれた恩師へ当たり前の施しです。

それをもう一歩前進した施し、その心の現れが尊像崇拝でしょう。

この違いは 「信仰」 の差かと感じます。

これは僧侶の姿にも出ているように思います。

尊像崇拝が必ず必要ということではありません。

心からの想いが形として自然に現れることが大切かと思います。

「思い」 と 「想い」

この違いは 「深さ」 にあります。

心で感じるのは 「想い」

頭で感じるのは 「思い」

思うのではなく、想う。

頭で思うのでなく、心で想う。

この 「想い」 を、師僧、大師僧、それを繋いできてくれた恩師が教えてくれた、そんな大事な日でした。

合掌


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